編集主旨
根切り山留め工事は,地下に構造物を構築するために行われるもので仮設工
事の代表格である。ただし,本体構造物の構築を主役とするのであれば,根切
り山留めはあくまでも脇役工事である。主役である本体構造物の設計施工には,
当然のことながら遵守すべき制約事項が多々有る。建築構造物について言うな
らば,本体構造の設計施工は,建築基準法や労働安全衛生法,さらには消防法
などでの規制も加わってほぼがんじがらめの状態といえよう。
一方,脇役である根切り山留めには,脇役なりの制約しかなく,設計施工に
おける自由度はかなり大きい。この設計施工上の自由度が大きいということが,
根切り山留め工事での一番大きな特徴である。山留めに携わる多くの技術者は,
この自由度を駆使して安全性と経済性とを追求していく訳である。そして,そ
こに求められるものといえば,それは,技術者の経験と知識,勇気と覚悟,更
には,経験と知恵に基づいてなされた創意工夫であるといえよう。
根切り山留めの設計施工における創意工夫の事例の多くは,「知る人ぞ知る」
といった状態で世に存在している。一応,何らかの形で公表されている訳であ
るから全てうまくいった事例であると言ってもよい。それらの創意工夫事例の
中には,このまま世に出ることなく埋没させてしまうには余りにも勿体ないと
いえる事例も多々ある。
本書は,これを何とか世に出して広く活用してもらいたいという思いから企
画なされ編集された次第である。
一般的に,個人色もしくは企業色の強いものは,学会や公的機関などの指針
類にはその性格上からなかなか俎上に上げられず紹介もされにくい。しかし,
世の中には広く活用されて然るべき創意工夫の事例は壮挙にいとまが無いくら
い多い。繰り返して言うが,これらをこのまま埋没させてしまうのは誠に惜し
い。この思いは,日夜,安全性と経済性の狭間で苦悩する技術者には共感共有
できる思いであろう。
本書では,それなりの実績を持つものの学会や各機関の基準・指針の類には
取り入れられていない創意工夫の事例を掘り起こし,そして,それらの事例を
汎用的な活用が可か否かなどを慎重審議したうえで可としたものを紹介するこ
ととした。事例を紹介するに際しては,委員会での審議の結果などもコメント
として記しておいた。適用上の注意事項と捉えて見て戴きたい。
創意工夫の事例は,設計・施工,周辺環境の保全(地盤・地下水),計測管
理,の3 項目について計38 事例について紹介している。いずれの事例も適用性
ありとしたもので,大いなる活用が期待されるものである。しかし,その技術
の詳細については,創意工夫の概要を知っていただくのが主たる目的であると
して企画編集していることから,その多くは詳細部についてまで記述されてい
るものではない。したがって,言わずもの事であるが,紹介事例の適用に際し
ては,本文に明記しておいた提案の原点となる文献での調査を詳細かつ十分に
行ない,提案の背景にあるものを把握した上でその採否の判断をなすべきであ
る,と蛇足ながら記しておく。
本書の後半部分にあたる4章には,根切り山留めに関するQ&A を紹介した。
Q&A における質問は,ごくごく素朴な疑問から根切り山留めを専門的な業
務とする技術者からのハイレベルな内容の質問までを広く募り,このなかから
編集委員会として抽出したものを紹介した。
基準や指針には,その性格上中途半端な書き方はできない。したがって,例
えまだはっきりと分かっていない事でも割り切って「分かっている事」として
記してある。至極当然なことである。しかし,これを換言すると,言葉は悪い
が,「未解明な事をも分かっている振り」をして記している,ということにもな
る。割り切って書くことの必要性は認めるものの,実は,この割り切りの度合
いの見極めを知っておく事が,技術者にとって非常に重要なことなのである。
「分かっている事」と「分かっている振りをしている事」とは,本来明確に
されていなければならないことなのである。この辺の認識がイマイチされてい
ないのは非常に残念なことであり,また,ある局面から見て「危ぶまれる事」
でもあるといえよう。
本書後半でのQ&A では,この辺の事までをできれば言及したいとの思いを
持って編集している。そのような思いを頭の片隅において読んでいただければ
幸甚である。
本書の骨格は,2007 から2009 年にかけて活動した本会の「山留めにおける
新技術とその評価・活用に関する研究委員会」の研究成果を主体としおり,出
版に際して更なる内容充実を図り再編集したものである。本書の原点というべ
き上記委員会の委員会報告書は,2009 年4 月に「VE 提案に役立つ根切り山留
めの知恵」という副題をつけて表記委員会名で刊行されている。



第1 章 設計・施工に関する創意工夫
1.1 山留めの設計・解析における工夫
1.2 山留め壁・支保工の施工における工夫
1.3 掘削の工夫
1.4 掘削底面の安定の工夫
1.5 地盤改良・薬液注入の活用法
1.6 地下水処理の工夫

第2章 周辺環境の保全に関する創意工夫
2.1 周辺地盤の簡易的な挙動予測法を知りたい!
2.2 周辺地盤の詳細な挙動予測法を知りたい!
2.3 地下水流動阻害の推定方法の工夫
2.4 地下水流動阻害の対処方法の工夫

第3章 計測技術に関する創意工夫
3.1 壁体の応力・変形計測の工夫
3.2 地盤・構造物の挙動計測の工夫

第4章 Q&A
4.1 基本事項
4.2 設計とモデル
4.3 地盤定数
4.4 側圧と土圧
4.5 山留め壁
4.6 切梁と腹起し
4.7 補助工
4.8 山留め壁と地盤の変位
4.9 地下水
4.10 計測と管理